世界の覇者Apple・GoogleにNoを突きつけた欧州GDPRとエピック
~アプリストア・決済の未来~(後編)

公開日:2025年08月13日

更新日:2025年08月13日

世界の覇者Apple・GoogleにNoを突きつけた欧州GDPRとエピック~アプリストア・決済の未来~(後編)

AppleとGoogleによる「世界的プラットフォーム」は2010年代にその円熟期を迎えた。2社のモバイルOS上でサービスを展開するには、レギュレーションに従ったサービス運用から決済に至るまですべてその「アプリストア」上で完結されなければならない。その代わりに、200数十か国に至る全世界向けにサービスを届けることが可能になる。だが2020年代に入り、その展開方法に対して異議を唱える動きが起こり始め、日本でも2025年にスマホ競争促進法が施行予定。特にアプリ外課金の分野で注目が集まり、これが新たな議論を呼んでいる。なぜこうしたことが起こったのか?今回はEPIC Gamesの反撃と欧州から始まったストア自由化の動きについてまとめてみた。

前回記事はこちら
世界の覇者Apple・GoogleにNoを突きつけた欧州GDPRとエピック~アプリストア・決済の未来~(前編)

オルタナティブペイメントの世界

EPIC Gamesの反発、ゲームパブリッシャーの直接決済導入でストア排除

前回でみたEUのGDPR規制はあくまで最初の皮切りにすぎない。より深くAppleとGoogleのアプリストアの寡占性に対して亀裂を刻み込む事件が2020年のコロナ禍で始まる。Apple対EPIC GAMESの「Fortnite」をめぐる戦いである。

2020年8月にEpic社のCEOティム・スウィーニーは30%の手数料に対して異議を唱え、そのトップアプリゲーム「Fortnite」の手数料を軽減する、もしくは回避する決済手段があるべきだという訴えをカリフォルニア州に対して起こした。訴訟をプロモートするために作ったEpic側の動画は、Apple社自身がIBMの支配的立場を利用していることに抗議した1984年のCMのパロディである。ジョージ・オーウェルの『1984年』をモチーフにAppleが寡占のIBMに自由なパーソナルコンピューター市場を切り拓く革命児として描かれており、同じ構図をAppleに対してEpicが行ったのだ。

時価総額1兆ドルを誇る世界一の企業に対する訴訟、なんとも大胆な一手を打ったEPICは1991年設立の一介のゲーム会社にすぎなかった。ただし世界最大のゲーム会社である中国テンセントが4割近いシェアをもつ子会社であり、7月にはソニーが2.5億ドルで1.4%のマイノリティ出資をしたばかりのタイミングでもあった。さらにその自信の背景になったのは2017年半ばから社会現象ともいえる勢いをみせていたバトルロワイヤルゲーム「Fortnite」だろう。当時で全世界3.5億人の登録ユーザーをもち、4月にトラヴィス・スコットが「ゲーム内バーチャルコンサート」を行った際には同時接続1,230万人という当時ゲーム内イベント最高記録を樹立し、飛ぶ鳥を落とす勢い。ゲーム単体売上も54億ドル(2018)→37億ドル(2019)→51億ドル(2020)ととんでもない水準だ。

Fortnite Statistics

そんな世界トップゲームアプリが訴訟を起こし、自社の決済システム「Epic direct Payment」の導入を行うことを、当時同じように絶好調のAppleが許すはずもない。即規約違反を理由に、アプリストアから「Fortnite」を削除した(この配信規約が見直され、アプリストアに復活するのは2025年5月。5年にわたってアクセスできないゲームとなっていた)。

ただEpicにもダメージがないはずがなかった。年間34~44億ドルの「Fortnite」全体経済圏からみれば一部ではあるが、2019年で3.5億ドル、2020年で6.5億ドルがアプリストア経由の売上だった。決して無視できるほど小さな金額とはいえないが、Epicにとってほぼ自社のみでファンを囲い込み、決済までできてしまう状況下で、ほとんどプラットフォームらしい機能を果たさずに毎月20~50百万ドルという金額を徴収するAppleとGoogleに我慢ならず、ついに勝負を仕掛けた、という経緯だった(※1)。

Epic Games Losing Millions in Revenue | Statista

Epic自身はEpic Gameストアを2018年末から運用しており、プラットフォーマーとして手数料12%でも運用できることを自分たちのオペレーションを通して証明していた。裁判自体は1年かけて審議され、2021年9月に30%自体は適正であるとしてAppleの勝利となるが、その一方で外部の決済オプションを許容することをApple社に命じるという痛み分けの結果となった。

総論としてみれば、試合に負けたEpicが勝負には勝った、ということになるだろう。アプリストアから削除された2020年こそ減少したが、2021年以降は売上は復活して48億ドル。それ以上にアプリストアを経由せずともゲームの月間アクティブユーザーが削除前の8,000万人から増え続け、2023年には1.23億人が毎月遊ぶ巨大なプラットフォームとしてその盤石さをアピールすることにもなる。そして2024年、ついに4年ぶりにアプリストアに復活するのだ。

反GAFAM法施行、日本でも進むアプリ外課金の自由競争化

Fortniteがアプリストアで再びプレイされることになったのは欧州からだ。欧州では2020年に早くもデジタル市場法(Digital Markets Act)という全EU加盟国およびEEAに適用される法律が提案された。(主にアメリカ発の)デジタルプラットフォームが持続的に寡占的地位を占めていることに抵抗し、公平な競争水準をもたらそうとするもので、その対象はGoogleの検索エンジンやYouTubeのビデオ共有プラットフォーム、OSからクラウドサービスまで含めた8セクター、その中の一つが「オンライン仲介サービス」のApp Store、Google Playであった。2022年に採択、実際に施行される2024年夏には独自のゲームプラットフォームや決済システムを導入していた「Fortnite」の排除が違法となり、欧州のアプリストアに4年ぶりに登場する。

Big Techへの反発(backlash)ということで「Techlash」がバズワードとして広がる中、GAFAM側もただ防戦一方で耐えるばかりではない。政策ロビイングへの投資を惜しまなくなった。特にプライバシー問題でもっとも苛烈に責任を追及されてきたFacebookは2010年にほとんど無かったロビイング予算を、2015年に9百万ドル、2020年に19百万ドルと倍増させている。AmazonもGoogleもAppleも続き、社内に公共政策部門で政策プロセスの経験者を採用し、地道な話し合いや関係性の構築を泥臭く手掛けるようにもなって「ルールメイキングに関与すること」の重要性を十分に認識するようになってきている。それはかつて自動車や半導体の製造メーカーや商社が行ってきた道筋でもある。

Tech Giants Ramp Up Lobbying In Face of Antitrust Scrutiny | Statista

アプリストアでは手数料30%、それが一度Webを遷移して別のルートで決済をすれば3~5%と急激に減る。アプリストアのユーザー数が急増していた15年前ならいざしらず、いまやストアにのせても呼び込むのは自分達のサービスやIPのもともとのファンだった人々。各サービス主が一斉にアプリストアから“決済造反”をはじめるのも無理からぬことだろう。日本でも遅らばせながら欧州の動きに追随して「スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律」が成立したのが2024年6月のことだ。アプリストアをとりまく産業を健全に発展させるために、1st Partyにしか解放されていない決済の仕組みを今後は3rd Partyに開放していくよう働きかけるものだ。

健全な市場競争環境を整えるものであり、今後の運用に向けては継続的にパブリックコメントを集めていくことになる。2025年12月18日に正式に全面施行される予定で、7月に成案が発表になる、ということでモバイルアプリのトレンドをテーマに語られた2025年6月のGamefutureSummitでもこの「アプリ外課金のこれから」は事業者にも非常に関心事の高い内容であった。すでに2024年11月時点で、国内ゲーム大手30社のうち、40%がアプリ外のWebサイトへ課金回避を行う動きが始まっている。

実際に2015年にAppleから手痛いしっぺ返しを食らっていたモンスターストライクは2024年8月に「モンストWebショップ」を開設。 MIXI ID を経由してWebで購入すれば、アプリ内よりも割引率や報酬の割り増し等お得に購入できる。運営側が20%以上も利益率があがるとあって、ユーザーにもベネフィットをもたせたWin-Winな関係性を築くことが可能になる。実際にMIXIのデジタルエンタテイメントの営利率は2024年3月期の39%から25年3月期で47%へと一気に向上。これは手数料収入の変更が一因と発表されており、業績絶好調の2014~16年以来の高利益率である。

グローバルサービスの誤謬、各国が独自に囲い込むキャッシュレスペイメントの仕組み

そもそもアプリストアにクレジットカードをつなぎこんで、月末払いの信用取引、と我々の中で当たり前になっている決済は決してユニバーサルなものではない。クレジットカード自体が米国、カナダ、日本、英国といった先進国でこそ6-7割といった所持率だが、フランスや中国は4割以下、東南アジア諸国であれば所持率は2割以下まで落ちる。与信管理の厳しさもあり、銀行口座すら一般的ではない人口大国のインド、ブラジルに至っては4%前後と、もはや20人に1人もクレジットカードをもってはいないのだ。クレジットカードは全世界70億人で計上すると3/4は網羅できていないかなり限定的なサービスであり、そこに支払の基軸に置くという発想そのものが間違っている。

AppleとGoogleを通じて届ければ、全世界にサービスが届けられる、という発想も同じようにバイアスがかかったものだろう。中国では6兆円のモバイルゲーム市場があるが、134億ドルと言われるAppleのゲームアプリ市場はその全体の1/4にも満たない(※2)。その他にもGoogle社が管轄していないGoogle OSのアプリマーケットが400種類以上存在しており、「我々が把握していないマーケット」が数多くあるのだ。

たとえばインドにおけるペイメントの仕組みは非常に特殊である。2025年時点で決済システムの78%はUPIという政府自身が運営者となっているシステムが寡占している。国民の経済活動の末端まで国が握ることによって脱税を避けることができ、またAPIによって各民間サービスには公平に振り分け社会のインフラにしていく、という心づもりだ。UPIがリリースされた2016年はモディ首相が強権を発動した年であり、11月8日の夜8時、突如として「4時間後の9日0時からDemonetisationを行う。1,000ルピー札(約1,700円)と500ルピー札(約850円)の高額紙幣を無効化する、と宣言した。高額紙幣をためこんで汚職、犯罪、テロといったところに流れる現金を差し止め、国全体の不正マネーを一気に根絶しようという前代未聞の強硬策だ。

当然ながら翌日の銀行は取り付け騒ぎを起こし、銀行もATMも引き出しをストップ。数ヶ月かけて新紙幣がいきわたった時には交換されるというお墨付きではあったが、現金生活に慣れた人々が一気にUPIのようなキャッシュレス生活に移行する動機づけとしてはこれ以上に優れた仕組みはないだろう。結果として2025年現在では5億人をこえるアクティブユーザーが使っており、毎月200億件近い取引がUPI上で行われており、続くNACHでも7%、クレジットカードは1.6%、デビットカードは0.9%と他サービスの使用率はわずかなものだ。

インドにおけるペイメントシステムシェア

出典: bi.etaal.nic.inより著者作成

中国も当然ながら国が主導とした決済の仕組みが存在しており、WeChatやAlipayの仕組にみるように、民間である程度自由競争させたうえで普及した優れた仕組みはライセンスとして許認可事業とし、最終的にはそのデータも含めて管理下におく。「市場競争」というのはあくまで国の秩序維持に脅威にならない範囲でのものであり、一事業者の企図によって国民のデータが自由に管理されるような社会に対しては明らかに政治的判断を優先させる。当然ながら中国ほどキャッシュレス決済の仕組みがすみずみまでいきとどいている国はないが、同時にそれは他の市場には適用されることのない完全に独自ルールのなかでまわっているものにすぎない。

米国発の仕組みとしてクレジットカードもアプリストアもユニバーサルに広がっていったのが2000~2010年代という時代だった。だがボーダーレスに便利な仕組みというのは、国が守るべき経済活動や税金の仕組みにループホールを設けるものにもなり、また民間の一事業者が恣意的に「国民」でもあるユーザーたちの情報を寡占してしまう。2020年代は明らかに民間決済システムへのバックラッシュ期であり、今後は公共性と競争性を照らし合わせながら、社会的なルールに落とし込まれたうえでの競争環境になっていくことだろう。

こうした四面楚歌な状態において、今後アプリストアはどうなるのだろうか。図1のように2022~23年は一時その取引額にストップがかかり多くのアプリがクリーンアップされたものの、売上は再び増加傾向にある。この15年間盤石に成長してきたApple社とGoogle社の両プラットフォームは、2つあわせて2025年Q1時点でも世界のモバイル端末の99%を占めている、という寡占状況は変わらない。71.8%のAndroidと27.6%のiOSでダウンロードされるアプリ数は変わらず増加を続けており、2023年時点でも2,570億回ものトランザクションを生んでいる。2010年代はゲームアプリが主導していたものの、2020年代に入り、SNSに動画配信・マンガ配信・ショッピングといったより多様なアプリがアプリストア経由で広がっていっているのだ。

Apple/Googleストアのアプリ数推移

図1
Annual number of mobile app downloads worldwide 2023| Statista

今回課題になったのは、ダウンロードもプレイもデータもトランザクションにおける決済もすべてがOSから垂直統合型に寡占する2社の統合性のみに嫌疑がかかったものにすぎず、適正な競争環境のうえで発展するのであればアプリストア自体が社会に貢献する余地は今後も広がり続ける、ということは保証できる数字となっている。今後もアプリストアは決して衰退を予兆するようなものではないが、これまでのような野放図な成長は欧州も日本もアジア各国も容易には許さない、ということが2020年代半ばにおける大きな地殻変動なのだ。

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